1986/1988 景観舗装秘話
道に自然の彩りを、
街に豊かな潤いを。
公園の遊歩道に自然な彩りを。その発想から生まれたNCコートとNCパーミックス。
エポキシ樹脂による景観舗装と透水性アスファルトという異なる技術で新市場を切り拓いた当社の挑戦は、
多くの困難と情熱的な取り組みの連続だった。


独自技術で切り拓いた景観舗装への道
「とにかく自分たちの商品を持たなければ」—設立期メンバーの言葉には切実な思いがあった。大手の下請けに甘んじていては会社の未来はない。そんな危機感から1988年頃に生まれたのが、エポキシ樹脂と自然石を組み合わせた景観舗装材「NCコート」だ。厚さ1センチ程度でコテを使って手作業で仕上げる、左官工事に近い特殊な舗装材である。採石場から仕入れた原石を自社でふるいにかけ、施工に適した粒度に選別。輝緑岩など地元の石材を活用することで、地域の景観に自然に溶け込む色合いを実現した。この工程により外注コストを削減しながら商品価値を大幅に高めることに成功した。その結果、工事代金の半分近くが利益として残ることもある高収益事業に成長。会社の基盤を支える事業となった。
透水性舗装への新たな挑戦
1990年代初頭、東名高速道路で雨天時の滑り事故が相次いでいた。そのため、高速道路では排水性舗装への切り替えが始まっていた。この流れを受けて、1995年(平成7年)1月9日、当社はアスファルト系に景観と機能を持たせた透水性舗装「NCパーミックス」の試験練りに着手した。空隙を多く持たせることで、雨水を路面下に浸透させる画期的な舗装材である。脱色アスファルトを使用することで、機能性だけでなく景観への配慮も実現した。二代目社長は休日返上で見本を手作業で作成し、全国の設計事務所への営業活動を展開。東京ビッグサイトでの展示会出展も果たした。こうした営業活動が功を奏し、はままつフラワーパーク・浜松市動物園、姫街道の歩道、伊豆の世界一の花時計など、地域の名所への施工を実現していった。


現場での苦闘と創意工夫
しかし、新しい施工技術の習得は一筋縄ではいかなかった。当時、経理業務とプラント管理を兼務していた担当者は、「ミキサーの洗浄などに非常に手間がかかりましたが、良い舗装を作るために皆で努力しました」と振り返る。また、NCコートは雨に極めて弱く、梅雨時期は施工が完全に停止するため、工期の調整にも苦労した。当時、施工を担当した若手社員にとって、入社間もない現場での作業は試練の連続だった。NCパーミックスは色合いの調整が難しく、現場での調整作業は困難を極めた。はままつフルーツパークの急勾配な管理用通路への施工では、高所での危険な作業に挑んだ。それでも一つひとつの現場で技術を磨き、経験を積み重ねていった。
景観は10年、風土は100年
―培われたレガシーを次代へ―
両事業は順調に拡大し、当社の看板商品として成長を続けた。道路維持管理の外部委託が進む時代の流れを的確に捉え、公共から民間まで幅広い顧客のニーズに応える技術力で市場を開拓していった。その後、時代のニーズの変化に伴い、骨材供給元の製造中止という壁にぶつかった。しかし、NCパーミックスは現在でも使用され、根強い商品となっている。 「景観は10年でできる。30年で自然に溶け込む。100年で風土になる」という言葉通り、当社が景観舗装において培ったレガシーは今も社員の心に息づいている。
